#128 自然 その1(2026年1月4日)

【つぶやき】

 「自然と遊ぶ」というと、自然は我々の遊び相手。山・森・海・川は遊びの場であると同時に戯れの相手だ。ハイキングしたり、スキーをしたり、釣りをしたり、里山遊びをしたり・・・。
 「自然に遊ぶ」となると、過度な管理された遊びから離れ自由に遊ぶイメージ。縛りなく、自由に、身体や感覚に任せて自然の中で解放的に遊ぶ姿を想像する。
 「自然を遊ぶ」というと、ちょっと詩的な感じ。俳句を詠んだり、アートの対象としたりと自然を遊びの素材にする。
 自然は我々の遊びのパートナー。
 人生を豊かに生きる為に歴史のなかで育まれてきた人間と自然との関係を見つめ直し、今年は四季をもっと楽しむ一年にしたい。

【コメント】

 「自然」といっても、日本と欧米の自然観は大きく違う。欧米のように、規模が大きく単一的で、人為を排した原始的自然は、人間と対立し、戦い克服する対象と見なされてきた。一方、バライティに富み、四季の変化が美しい日本では、自然は人間の延長にあり、古くから自然と共存し、一体化しようとしてきた。
 とはいうものの、古代の日本ではやっぱり自然は荒ぶる神。土地の開墾によっておこる川の氾濫や洪水、天変地異は恐ろしいもの。人間に危害を与える神を敬い、鎮めようとしてきた。しかし平安中期から後期に荘園が発達すると、荒ぶる神は稲作の神に姿が変わっていった。稲作に欠かせない水や土地を守る鎮守の神となり、土地に根ざした「田遊び」の儀式や豊作祈願として崇められた。
 こうした風土のなか、和歌や平安時代の貴族文化は、自分たちの生活の中に自然を、二次的にあるいは間接的に取り込んでいった。和歌を詠むことは、自然の風景そのものを愛でるだけではなく、思考や感情を移入し、コミュニケーションの手段となった。また、絵画や調度品、衣装・装飾、能などに、自然は視覚的、言語的に表現されていった。
 そうした下地があって、庶民が自然や四季の変化を年中行事や娯楽として楽しむようになっていったのが江戸時代。五節句(一月七日の人日、三月三日の上巳・雛祭り、五月五日の端午の節句、七月七日の七夕、九月九日の重陽)のように、もともとは宮中の行事だったが、四季の変化と密接に結びつき、飾りつけや衣装、供物、食べ物を用意する特別な日は、新興都市の庶民には欠かせないものとなっていったようだ。
 花見、月見、雪見の名所に人が多く出かけるようになったのも江戸時代。歌枕の地や有名な寺社、季節の景色の美しい場所を紹介する名所案内記は数多く出版された。あらゆる階層にまで広がった花見や月見は、酒や料理、踊りを楽しみ、連歌や俳諧を作る社交の場となった。季語となる俳諧の「歳時記」や茶道や華道などの芸事も間接的に自然を遊ぶものとして広がった。

 より直接的に自然に触れ合い、自然の中で遊ぶのは近代以降である。日本の国立公園の指定の変遷に、自然風景への評価が多様化していく様子がよく見て取れる。最初は、平安時代以降和歌に詠まれ、絵画に描かれてきた風光明媚な伝統的探勝地や山岳信仰の霊地が選ばれた。次に明治末期に文化人や外国人が「自然を発見した」軽井沢や原始性の高い上高地などにまなざしが向けられた。戦後は、居住地に近接したレクリエーション適地が選ばれ、海や山など自然の中でアクティビティを楽しむようになった。次第に、海蝕崖やリアス式海岸などの海の風景やサンゴなど海中景観にも目が向けられるようになり、さらには生物の保護や環境への意識の高まりとともに生態系の景観が選定された。

 今は、「映える自然」が魅力らしい。自然が切り取られ、記録され、SNSで拡散され、いいねを貰う時代。自然は環境からコンテンツとなっていくのか。それもまた、自然を媒介として二次的に楽しむ文化だとしたら、日本的といえるのだろうか。

《執筆:マダム》


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