#132 オリンピック・パラリンピック その2(2026年2月14日)

【つぶやき】

 冬季オリンピックが始まり、テレビは連日、スケートやスキーやスノーボードの競技風景を映しまくっている。その中で、わが日本選手が各国の強豪に伍して抜きん出ているのは、フィギュアスケートとスノボーの大回転のようだが、まあ、よくもあのように空中でくるくる回れること。これはもう完全にサーカスのショーと言うべきか。

【コメント】

 雪と氷の世界は摩擦がほとんどないから、固い地面の上を行くのとは違うスピードが味わえる。これを最大限利用して、地面の上ではとても不可能なすごいスピードを出したり、その勢いで跳躍したり回転したりすることができる。これをトコトン追及しているのが冬のオリンピックの姿である。
 まあ、それにしても良く回ること、フィギュアスケートでも、一昔前には2回転を越えて3回転とはスゴイと思っていたが、今や3回転は当たり前、4回転への挑戦が欠かせなくなり、まあ、くるくると何度も跳びあがって回ってくれる。さらに、スケボーの大回転となると、もうすさまじいの一語である。急斜面を利用して高速で滑り降り、その力で高~く舞い上がったと思ったら、いや、回る回る。前後に2回転、左右に3回転、合わせて5回転などという技があって、空の高みでぐるりぐるり、それでいてしっかり着地して、転びもせずに滑って行くのである。人間業とは思われない。超人的な演技に見とれているうちに、これはもう完全にサーカスの世界だと思い当たった。

 サーカスと言えば綱渡りとか空中ブランコとかを思い出す。サーカス小屋の天井近くに張られた細いロープの上を平然と歩いたり、天井から吊るした大ブランコに乗って大きく揺れ、逆さにぶら下がったり、ブランコから別のブランコに飛び移ったり、観ている方はハラハラドキドキ、でも、彼らは転落したりせずに(たまにはあったようだが筆者は見たことがない)、みごとに大技をやってのけ、その演技に魅了された観客たちは夢中で手を叩き、快哉を叫んだものだ。
 冬のオリンピックの競技に対して、昔のサーカスなど引っ張り出すのは失礼かもしれないが、人々の魂を奪うという点では、そこに通底するものがあると思う。現代のオリンピック会場は、サーカス小屋どころでない壮大で美しい環境を整えている。科学技術の粋を集めた諸装置を完備して、選手の妙技をいやがうえにも際立たせている。また、それを撮影し録音し、世界中に伝える伝達装置もハンパではない。下から上から、遠く近く、リアルな映像が届けられ、さらにはドローンを使った鳥瞰的なシーンもあって、炬燵にあたって煎餅などかじりながら、この素晴らしい世界を満喫できるのである。世の中にさまざまな不祥事があろうが、選挙の結果がどうなろうが、どこぞで戦争が起きようが、そんなことはすっぱり忘れて、白銀の世界の英雄たちと充実この上ない時間を共有し、それが金銀銅のメダルに結び付いて表彰台に日の丸がなびいたりすると、老いも若きもこのニッポンという国に生まれた幸せをかみしめるという次第となる。

 昔のローマの皇帝たちは、民衆を統治する政策の要として「パンとサーカス」を重用したという。民衆は日々の糧(パン)と熱狂できる見世物(サーカス)があれば、皇帝への支持と讃仰を惜しまなかった。現代の為政者たちにとっても、オリンピックの時空間はこの上なく有益な存在であるに違いない。

《執筆:じぃ》


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