【つぶやき】
ミラノ・コルティナオリンピックが閉幕した。メダルの向こうには、この4年間、あるいはもっと長い年月にわたる選手たちの努力、自分との戦い、攻めの姿勢があり、最高のパフォーマンスは見るものに興奮と感動の涙を与えた。そんなオリンピックに酔いしれていられるのは束の間、現実にはさまざまな課題も検証されなくてはならない。
【コメント】
オリンピックには夏季・冬季を問わず、今までもさまざまな課題が指摘されてきた。費用負担増大による開催立候補地の減少、東京2020でも明るみになった商業化による不正、戦争が起こっている中での平和の祭典の役割、2月4日のつぶやきでヒメが書いていた気候変動による冬季開催地の不足だ。
今回は、課題の一つに向き合うための新しい試みとして「分散開催モデル」が採用された。今までは、国と一都市で開催されてきたが、スケートなどの都市型競技と雪上競技の山岳リゾート地域に分散した。また、90%以上が既存か仮設の施設だ。国家の威信を掛けて新設競技場を建設してきた過去のオリンピックよりも、ローマ時代に建てられたヴェローナの円形劇場を活用した閉会式の方が音響もライトアップの演出も素晴らしかった。さすが適応的再利用のイタリアだ。イタリアは、2006年のトリノ開催で新設したコースがわずか数年で廃墟化した苦い経験を忘れず、持続可能性にはこだわった。
しかし「分散開催」が意外にも膨大なエネルギー消費を伴うという指摘もある。選手や観客の長距離の移動は不便なうえ、交通量を減らすために公共交通の利用が徹底されていたそうだが、バスのために山岳道路がアスファルトで覆われることになった。
費用ばかりではなく環境問題はより深刻だ。コルティナでは1956年にもオリンピックが開催されているが、今はそのときより平均気温が約3度上昇しているらしい。
テレビを見ていてみなさんも気づいたであろう。ノルディクなどの競技が行われたコースは一面が真白なのに、周りの山々には茶色い岩肌が見えていた。今大会も雪の大部分を人工雪に頼っている。人工雪の製造には、膨大な水と電力を要する(イタリアでは、可能な限り再生可能な代替燃料を使用)。気候変動で水資源の供給が不安定になりつつある状況下で、造雪用水の確保そのものが環境に負荷を与えている。
自然保護か経済かという地元民の悩みもある。コルティナ・ダンペッツォは、人口5.500人弱の小さなまち。ドロミテ世界自然遺産の一角にあるが、地元では過剰な観光に抵抗しているそうだ。ロイター通信によると、インスタやTikTokによる発信が多くの観光客を引き寄せ、環境に負荷を与えているとのこと。山について何も知らない人達が車でやって来て、好きな場所に駐車し写真を撮って帰っていく姿は、住民の一部には「騒音と交通混雑、そして攻撃性しかもたらさない」と映る。空間を消費し景観を傷つけることは、長い目で見れば、土地のプラスにはならないと考えるのだろう。
オリンピックについては二つの報告書がある。一つは、誘致から開催までのプロセス、競技結果、施設建設や財政面についての公式報告書だ。もう一つは、まだ余り知られていない「持続可能性報告書」だ。「持続可能性報告書」は、2010年のバンクーバー大会の際に誕生し、その目的は、オリンピックを環境の視点、人権・ジェンダー平等の国際基準への適合、社会的影響などの面から評価するものだ。さらには、今回のミラノ・コルティナ2026から、準備段階に始まり開催後も年1回評価が公表され、取り組みの改善に役立てることになっている。
オリンピックが力や技の競い合いにとどまらず、理念とその価値を世界が共有できる未来を見据えた大会になるならば、また、そのための新しい試みや工夫にチャレンジできるならば、まだまだ希望がみえるように思える。
《執筆:マダム》