#007 正月という聖なる時間(2022年1月4日)

【つぶやき】

大晦日の紅白歌合戦が終わり、除夜の鐘がボーンとなると
いよいよ新年が始まる。明けましておめでとう。

新年には誰もが改まった気持ちになって、
親子の間でも兄弟でも友人でも、居住まいを正して挨拶を交わす。
ちょっと気はずかしい感じもあるけれど、
お正月らしい、すがすがしい気分になれる。

元旦に外出するとすれば初詣ということになる。
普段はほとんど気にしたこともない近所の神社に行ってみると
驚くほどたくさんの人が来て神妙に並んで順番を待ち、お参りをする。
正月は日本人がいちばん「聖なるもの」に近づく時だ。

それにしても昔に比べると
正月が年とともに正月らしくなくなってきたと感じる。
それでいいのだろうか。

【解説】

 余暇というものが持っている究極の意味は何だろうか。ドイツのカトリック哲学者ヨゼフ・ピーパーは、余暇の持ついちばん重要な機能は、礼拝=神と向き合う時間だと言っている。
たしかに、忙しく働いていたのでは、心静かに祈りを捧げることはできない。心のうちに沈潜して深く思いをはせるためには、生活の必要から離れた、自由で静かな時間を持たなくてはならない。
余暇の究極の意味は「聖なるもの」に触れることにあるのだ。

 かつては洋の東西を問わず、宗教というものは生活の基盤であって、宗教無くして日々の営みはあり得なかった。キリスト教世界では、町や村の中心に教会があって、1週間は礼拝の日曜日とともに始まり、労働の平日を経て、再び神の日である日曜日に行きつく。
日曜日は晴れ着を着て家族そろって教会へ行き、神父(これはカトリックの用語で、新教では「牧師」と呼ぶ)の説教を聴いて神に祈りをささげる。日曜日に働くことはタブーであり、工場はもちろん商店もみな休みというのが当然だった。日曜日は聖なる余暇の日なのであった。

こうした宗教の優越性は、近代化とともに次第に崩れていく。日本社会は宗教の世俗化が世界でいちばん早く起こった。江戸期の長く続いた平穏な時代に、仏教は中世期に持っていた戦闘性を失い、僧侶は現世に対する緊張感を欠いて、妻帯もすれば酒も飲む、女遊びもするという体(てい)たらくとなる。
江戸期以来の仏教は日常生活には根付かず、ただ、人がこの世とおさらばする葬式の時だけに存在価値を発揮するだけになってしまった。キリスト教も20世紀後半からは全体に世俗化が進んで、今や日曜日に教会に行くのは年寄りばかりだという。独りイスラム教のみは、依然として宗教を生活の基盤に置いて、日に5回もメッカに向かって礼拝を怠らない生活を続けている。

 宗教的な生活にほとんど縁のない我ら日本人が唯一「聖なるもの」に接近するのがお正月なのである。
晴れ着を着て夜の明けないうちから神社に詣で、柏手を打って神に祈りを捧げる。祈りの内容は金儲けや恋愛成就のような現世的なものかもしれないが、ともかく、人間を超える至高の存在に心を向けていることは確かである。正月こそはわれらの「聖なる余暇」なのである。

 だが、今世紀になって正月が危なくなってきたように感じる。コンビニはとうの昔からそうだが、デパートもショッピングセンターも元旦から開店するようになった。晴れ着を着て歩く人もめっきり少なくなった。門松はそこここに立ってはいても、男の子が凧を揚げたり、振袖の女の子が羽根つきに興じたりする風景には、あんまりお目にかかれない。どこへ行っても「正月らしさ」は減退して、ただの休日になりかかっている。

 正月の危機は余暇の危機でもある。余暇の核心にある「聖なる時間」を見失ってしまった日本人は、ただの俗物に成り下がって、人それぞれが「聖性」を内に秘めた個性的な存在であることを周囲に示すことができなくなっているのではなかろうか。


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