【つぶやき】
タイパの時代にあって、「手作り」なんて面倒くさいと思っておられる方がいるかもしれないが、それぞれの分野で意外にも今、盛況なのだ。
手工芸、模型、陶芸、DIY、園芸、料理から漫画(コミック)や小説まで、実に多彩なジャンルで、初心者から玄人はだしまでが楽しんでいる。
手作りの魅力は、「熱中できる」「達成感がある」「創意工夫がある」「やりがいを感じられる」「やりたいを発散できる」「自分らしさを表現」「個性豊か」「他者に褒められたい」「プレゼントできる」「交流できる」など、個人的幸福から社会的つながりまでいろいろ。
効率優先の社会だからこそ、個々のやり方で時間を掛けそのプロセスを楽しむ「手作り」は、「仕事とは異なる時間を生きる」豊かさにつながるのかもしれない。
【コメント】
毎年私が楽しみにしているのは、4月にビッグサイトで開催される手作りの祭典「ホビーショー」だ。ここでいう「ホビー」とは、「ニット」「ソーイング」「ビーズ&アクセサリー」「デコール」「スクラップ・コラージュ&スタンプ」「DIYインテリア」など、いわゆる女性好みの手工芸が中心となっている。あと一つ、プラモデル業界が開いている「静岡ホビーショー」もあるのだが、そちらは模型製作が中心となっていて、参加者は男性が圧倒的に多い。
春のホビーショーは、ミシンなどの機械やあらゆる手作り素材メーカ―が出展する産業展でもあるのだが、ハンドメイドクラフトの先生が指導するワークショップ(これが一番人気)、作品展示、ヒメが紹介した編物ブームもあってニットカフェも人で溢れていた。
近年同会場に、プロアマ問わず手作り作品を個人で販売するフロアができた。ホビーショーに限らず、ネット上で作品を販売するサイトは数多く生まれ、また全国で「手作り市」や「クラフト市」なるものが開催されている。販売することの意味は、儲けたいというより、自分の作品がどう評価されるのか知りたいという思いの方が強いように感じられる。「かわいいね」「素敵!」「それ欲しい」との声が作り手の喜びなのだ。こうしたマーケットが成立するのは、手作り品を通して他者とやり取りしたり、同じ趣味の人と共感し合えることに魅力を感じているからなのだろう。
「手作り市」「コミケ(コミックマーケット)」「文学フリマ」など、今や作る人と買う人が役割を自由に行き来できる場が広まっていることは、可能性として面白い。
話は変わるが最後に紹介するのは、「桃尻娘」の小説や古典、戯曲を数多く書き2019年に亡くなった橋本治の編み物から導き出される生き方の哲学である。彼は、人物のポスターから図案を起こしセーターを編むやり方を独自で考え、圧巻の作品を作り、「男の編み物」なる本も出版した。
彼は編み物を、一度に完成させるものではなく、目の前の「一目」に集中し、一目一目の小さな積み重ねによって出来上がるといい、それはまさに人生の比喩だといった。編み物は、間違っていれば、ほどけばいいし、やり直しはいつでも可能であるという。これは、失敗を恐れず、完成することよりも、過程を大切にした全てに通ずる彼の姿勢なのである。さらに、編み物は型紙がなくても、自分で決めて編めることから、答は最初からあるものでなく、自分でつくるものであり、少しずつ形にしていく思考の大切さと同じだという。編み物の「編む」「数える」「ほどく」「また編む」というリズムは、思考の繰り返し、迷い、再思考というリズムに似ているのだ。
手でつくることは、理屈ではなく身体を動かすことから生まれる。
橋本治ほど編み物から「考えること」や「生きること」の哲学を導き出すことは難しいが、それでも手作りには作り手の個々の生きる姿勢の一旦を感じさせる何かがあるように思う。
《執筆:マダム》