#100 喫茶&カフェ その1(2025年4月4日)

【つぶやき】

喫茶店やカフェをみなさんはどのように利用しているだろうか。
友達同士なら、「ちょっとお茶していかない?」っと、おしゃべりの場として。
働く人なら、仕事の合間の息抜きに、あるいはパソコンを開いてワークスペースとして。
学生なら、参考書を広げて自宅の勉強机替わりに。
高齢者なら、散歩の途中に本を片手に一人で立ち寄って。
喫茶店やカフェは、気晴らしや息抜きにもってこいの場所 そんな場所の閉店数が2024年度は過去最高だったというのだが・・・。

【コメント】

 個人経営の店が閉店していくのは、店主の高齢化や原材料の高騰、回転率の悪さなど確かに理由は幾つもありそうだ。一方、シアトル系のカフェだけでなく、最近はチェーン店の喫茶店がここかしこに見られるようになった。決して喫茶店の需要が減ったわけではなさそうだ。若者が、焙煎やドリップにこだわった個性的なカフェを開いているし、昭和レトロな喫茶店もインスタ映えすると人気だ。ブックカフェやコミックカフェ、ギャラリーカフェや古民家カフェ、猫カフェやフクロウカフェ、外人観光客も喜ぶメイドカフェや執事カフェ。今も増殖中の○○カフェは、実に日本的現象らしい。

 喫茶やカフェは、家庭でもなく職場や学校でもない「第三の居場所(サードプレイス)」。時に人は、家庭という日常を離れて、解放された場所に身を置きたくなる。それは退屈さからの逃避か、家庭内の役割や責任をしばし忘れたいという思いからなのか。また人は、職場の重荷を下ろし、ほっと一息つくオアシスを求める。営業周りの途中や仕事のブレイクタイム、帰宅時にまっすぐ家に向かうのではなく、心にワンクッション置きたいときに、ふと立ち寄りたくなる。喫茶やカフェは、そのような家庭と職場の中間に位置する憩いの場所であり、匿名性が高いインフォーマルな公共空間として誰でも受け入れてくれる。

 喫茶店やカフェは、匿名性ゆえにか実に順応性にすぐれた空間でもある。
 ご近所に、毎朝新聞を持って喫茶店に出かけるリタイア男性がいるが、出勤しなくなった毎日を、家に籠らず生活のリズムを整える場として利用している。主婦同志でお茶をする時も、自宅に招くのではなく喫茶店で落ち合うのは、住宅事情への遠慮もあるが、家族のにおいのする場所より外の方が閉塞感が少ないからだ。
 長時間友達と話をする高校生や大学生には、チェーン店のようなカフェは居心地がいい。店員は時間帯ごとにシフトするアルバイトなので、顔見知りになることもなく気楽だ。
一時リストラされたお父さんが、家族に事情を話せず、毎朝背広を着て、喫茶店に通っているといったニュースもあった。今でも、ネットカフェをねぐらにしている人もいるだろう。一人でいることに、何の疑問も持たれないところが日本の喫茶店やカフェのよいところだろう。アメリカのカフェ研究が、孤立しやすい都市に置いてつながりを持てる交流の場として、その社交的側面を重視しているのとは大きく異なる。
 もちろん、日本の喫茶店にも常連客が集まる店もあるし、マスターや店主が利用客同志を結びつけ、集いの場となっている店もある。むしろレイ・オルデンバーグのいう地域コミュニティのなかにあるサードプレイスとしてのカフェとは、そうした関係のない人同士が親しくなれる「もう一つの我が家」でもある。

 歴史的にはトルコで生まれてイギリスに渡り、「コーヒーハウス」として誕生した。そこでは、地位や階層などの隔たりのない場として情報が自由にやり取りされた。その後パリやウィーンに移ったカフェでは、政治や文学や芸術が議論される場になる。
 日本においては、大正時代になると喫茶店は多様化し、「カフェー」と呼ばれるような女給さんをおいてアルコールを出すような店と芸術家や作家が集まり表現の拠点となるような純喫茶が登場した。戦後は、学生運動のたまり場となったり、インベーダーゲームでにぎわったり、デートやおしゃれな場として女性好みになったりしてきた。
 日本の喫茶店やカフェは、時代や社会の状況により柔軟に変化してきたが、これからどんな風に変わっていくのだろう。

《執筆:マダム》


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