#021 100年前の「レジャー白書」(2022年5月24日)

【つぶやき】

余暇に関するデータブックとしては、
日本生産性本部が毎年出している『レジャー白書』が有名で、
余暇市場の規模とか日本人のレジャー実態を数字で示してくれる。

ところで、今を去ること100年も以前に、昔版『レジャー白書』が出されていた。
大阪市社会部が大正12年(1923年)に調査した『余暇生活の研究』がそれである。

当時の大阪市は東洋一の商工業の中心地として発展途上にあり、
周辺の農村部を取り込んで急速に都市化が進んでいた。
人口200万人、東京の330万人と比べても遜色のない大都市だった。

そのころの「余暇」の王様は映画、当時の用語では活動写真、次いで寄席と芝居、
週に一度の休日には、道頓堀や千日前をはじめとする盛り場に多くの民衆が押しかけた。

こうした興行ばかりではない。日常の余暇もさまざまな楽しみが追求されていた。
江戸時代以来の伝統的な娯楽もあれば西洋伝来の「モダンな」楽しみもあった。
そのバラエティの豊かさは、現在の余暇状況にも負けないくらいだ。
「余暇生活」は近代化の道をひた走るこの国の重要なイシューであったのだ。

【解説】

 大阪市社会部調査課が編集した『餘暇生活の研究』のデータを見てみよう。ちなみに余暇の「余」の字には、旧漢字では「食」へんが付いた「餘」という文字が使われていた。つまり「余り」というのはもともと食べ物の余りを意味していたからである。余裕があるというのは十分な食料をキープしていることだというわけだ。

 この研究に収録されている興行統計を見ると、年間の入場者は活動写真(映画)が660万人、寄席(落語・講談、浄瑠璃、浪花節)が220万人、芝居が200万人となっている。合わせれば1080万人で、人口200万人とすれば、大阪市民は年に5回は何らかの興業にお金を払って参加しているということだ。これはなかなかの余暇熱心だというべきだろう。

 これらの観客を受け入れる映画館や芝居小屋や演芸場場(この研究の用語でいえば「民衆娯楽場」)はどれくらいの数かというと、大正10年(1921年)現在で、芝居小屋16、活動写真35。寄席が69で合わせて126軒となる。同時期の東京は合計180軒、同じく京都(人口60万人)は43 軒で、人口比で言えば3都市ともそれほどの差異はない。それでも東京は活動写真館が比較的多く、京都は芝居小屋、大阪は寄席の数が割合に多いという指摘がある。映画の東京、芝居の京都、寄席の大阪というのは100年後にも通じる3都市の特徴とも言えるだろう。

 100年前の「レジャー白書」は続いて「遊興施設」の調査に入る。当時の大阪には松島、新町、堀江など11カ所の「遊郭」があって「男たちの遊び」に対応していた。登録された芸妓(芸者)がおよそ1500人、娼妓(公認された娼婦)は7000人に達していて、娼妓1人当たり男子人101人という数字になるという。これは東京の269人、京都の153人に比べてダントツに低い。つまり大阪は娼妓の密度が東京の3倍近い歓楽の巷ということになる。公娼制度が廃止された現在、こうした統計は存在せず、比較のしようがないが、性にまつわる遊興がなくなったわけではもちろんない。その実態は果たしてどうなのだろうか。

 余暇(レジャー)には、こうした快楽志向もある一方、文化的、健康的、創造的な余暇があることは当然である。この研究では、公園と運動場、動物園と植物園、博物館や市民館、図書館などの施設、講演会などの開催状況と入場者数の調査があり、さらには「宗教的余暇」として寺社やキリスト教会の分布や会衆の人数などを調べ、各地の祭りや縁日・夜店までその実態を把握しようとしている。その種類は膨大で参集する人々の数もそこで使われる金銭の額も遊興消費に負けてはいない。

 この調査報告は子どもの遊びにも及んでいて、当時の小学生、中学生が、日常生活や休日にどんな余暇や遊び(今で言えばレクリエーション)を行っているか調べている。調査人数は多くはないが、遊びのバラエティはたいへん豊かで、活動写真もあれば動物園もあり、将棋や歌留多やトランプ、竹馬や自転車やハモニカや笛吹き、昆虫採集や釣りや紅葉狩りも出てくる。総論では子どもにとっては遊戯そのものが生活であり、社会に立ちゆくまでの準備行為として重要なことを説いている。その中で男児に比べて女児の遊びが貧弱で自由の束縛が多いことを指摘して、婦人の権利を拡張すべきことと結び付けているのは先進的だと言えよう。

 労働問題や都市問題の専門家であった関一に率いられた当時の大阪の市政担当者は、都市政策の重要課題として「余暇」に注目する見識を持っていた。この視点は100年後の今日にも依然として重視されるべき課題である。カジノ誘致に狂奔する現在の大阪市のトップたちには、100年前の市政の精神を学び直して、もっと大きく深い視点を持って市民の「余暇生活」の充実策を考えてほしいものである。


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