じい・マダム・ヒメによるリレーエッセイ

「つぶやき余暇」

毎月4のつく日は”よっかネタ”配信日!
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毎月ひとつのテーマを、世代の異なる3人の余暇研究者が執筆します。
じい(薗田碩哉)・マダム(辰巳厚子)・ヒメ(青野桃子)

#099 子どもの遊び その3(2025年3月24日)

Posted by admin|  Posted on 2025/03/24 8:00

現代の子どもの遊びには障壁が多く、気軽に遊べない状況になっている。軽視されている遊びからこそ「非認知能力」が育まれ、生きる力につながってくるのかもしれない。しかし、遊びの効果や意義を説いて、遊びを推奨するとき、そこには「コスパ」や「タイパ」の発想はないだろうか。「遊びたいから遊ぶ」では不十分で、「こんな意味があるから子どもは遊んでいいんですよ(でも大人は遊んでいる場合ではない)」という許可のようなものが透けてみえる。ところが、多くの遊びは無目的であって、むしろそこに遊びの魅力がある。「子どもの遊び」に意味を見出すこと、それ自体を問い直してみたい。

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#098 子どもの遊び その2(2025年3月14日)

Posted by admin|  Posted on 2025/03/14 8:00

小学校の学習指導要領では、テストで測れない「非認知能力」、すなわち「創造力」や「主体性」「表現力」を高めようと、知識偏重ではなく、自らで問いをたて、解決策を仲間と対話しながら考え、創造する学びへ導こうというカリキュラムの再編がなされている。確かにこうしたアクティブラーニングへの取り組みは評価されるべきであろうが、「非認知能力」を高めるには、学習だけでなく遊びの再考が必要なのではなかろうか。遊び力なくして子どもの生きる力は育たない。

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#097 子どもの遊び その1(2025年3月4日)

Posted by admin|  Posted on 2025/03/04 8:00

おとなの余暇のルーツはこどもの遊びにある。子どものころに子どもらしく、のびのびと自由に遊びまくることが大人の余暇力の基礎を作る。ところが、この子どもの遊びが今や深刻な危機に直面している。子どものおおらかな遊びが大人によって妨げられている。子どもが遊べていない。遊んでいるようでも、それは押しつけられた遊びだったり、管理された遊びだったりする。それでいいのか。

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#096 時間のゆとり その3(2025年2月24日)

Posted by admin|  Posted on 2025/02/24 8:00

「時間のゆとり」は、時計で計測される時間を節約することで生まれる。しかし「ゆとりの時間」は違う。ゆとりは、人間の心の内にある時間。まさにミヒャエル・エンデの「モモ」の時間だ。「灰色の男たち」に、自分自身や生きることを奪われてはならない。エンデは50年以上前に警告していたのだった。

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#095 時間のゆとり その2(2025年2月14日)

Posted by admin|  Posted on 2025/02/14 8:00

「ゆとりがある」という状態は、自由な時間とお金とともに、心のあり方とも結びついている。客観的条件と主観的条件がともに支え合ってゆとりが生まれる。平成この方、私たちはその両方において「ゆとり」なき暮らしを強いられている。その解決の第一歩は、「余暇」というものをかけがえのない資産だと考えるところから始まる。

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